1970年代初頭、アルフレッド・シュニトケは伝統的な作曲様式をほぼ採用し、多くの若いロシア人作曲家を動揺させました。当初の抵抗にもかかわらず、彼はすぐに多くの支持者を獲得し、広く称賛されました。ソ連では宗教的テーマの探求はタブーでしたが、シュニトケは宗教と神への取り組みを、交響曲第4番で創造的な表現へと昇華させました。
彼の作風発展における転機となったのは、1984年から85年にかけて作曲された混声合唱協奏曲です。この作品は、グリゴール・ナレカツィの『哀歌』に基づいています。シュニトケはこの作品で、伝統的な和声と独自の表現様式を融合させています。協奏曲の4つの楽章はそれぞれ、この歌集の章の異なる主題領域を反映しています。
シュニトケにとって特に重要な役割を果たし、音楽言語を大きく形作りました。この協奏曲では、全音階和音、三和音構造、模倣、そして広い音程の跳躍といった特徴が顕著に見られます。簡素な作品ながらも、伝統的な和声と正教会の旋律様式によって支えられています。
1972年に作曲された女声とヴィブラフォンのためのヴォカリーズ「自然の声」(Stimmen der Natur)や、1980/81年に作曲された52声のための「ミンネザング」(Minnesang)などは、シュニトケの合唱作品の中でも特に重要な作品です。「ミンネザング」はドイツのミンネジンガーによる歌詞を引用しており、シュニトケのこのゲルマン伝統への関心を際立たせています。
シュニトケは、様々な音楽素材を借用することで、複雑でありながらも聴きやすい楽曲を生み出しました。彼の音楽は、混声合唱のための要求の厳しい協奏曲であれ、「自然の声」のシンプルな美しさであれ、あるいは多面的な「ミンネザング」であれ、その明瞭さと表現力の豊かさで感動を与えます。










