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J.S.バッハ:マタイ受難曲

J.S.バッハ:マタイ受難曲

モンテヴェルディ合唱団, イングリッシュ・バロック・ソロイスツ, ジョン・エリオット・ガーディナー

収録時間157分

ヨハン・セバスティアン・バッハ

マタイ受難曲 BWV 244/第1部ジュナンキョクダイブ

ヨハン・セバスティアン・バッハ

マタイ受難曲 BWV 244/第2部ジュナンキョクダイブ

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バッハのカンタータ・サイクル バッハ自身が書いた「マタイ受難曲」の楽譜は、非常に優美なカリグラフィー芸術作品とされています。中年期の流麗な筆致から、ほとんど判読できない後期のセクションまで、彼の筆跡の発展を如実に表しています。丁寧に書き込まれた訂正箇所は、バッハが完璧な自筆を残そうと努めたことを示唆しています。しかしながら、この作品の作曲段階、初期の経緯、演奏状況は、当時の聴衆の反応と同様に、ほとんど明らかにされていません。[1][3]

「マタイ受難曲」は、もともとバッハが1724年から1725年にかけて作曲したカンタータ・サイクルの締めくくりとして作曲されましたが、初演が延期され、バッハはこの作品に幾度かの改訂を加えました。これらの改訂の中心的な要素は、場面間の黙想の時間を長くしたことで、これは「ヨハネ受難曲」との大きな違いです。バッハは柔軟な構成を通して、アリアソーゼや瞑想的なアリアのための余地を与え、聴衆が感情の深みと美しさを特に強く体験できるようにしました。劇的要素と瞑想的要素の融合は、人々をいつまでも魅了し続けます。

キリストを花婿であると同時に犠牲の子羊として描くという中心的な発想は、バッハが台本作家と共に発展させた対話的な様式へと繋がりました。冒頭の合唱は、個性的な音色と有名なコラール「ああ、神の子羊よ、無垢なる者よ」[1][3]を特徴とする、記念碑的な構成となっています。鋭い対比、セッコのレチタティーヴォ、伴奏セクション、そしてコラールが音楽の展開を特徴づけています。バッハの作品は、聴き手を物語の世界に引き込み、様々な視点を開き、瞑想へと誘います。

場面は、聖書の物語から解説、そしてアリアとコラールによる祈りへと、調和的に展開していきます。聖書的な行動、反省、そして情熱的な応答という三部構成が、受難曲全体を貫いています。それぞれのアリアと楽器には、独自の表現力が与えられています。これにより、オーケストラのドラマと声部間の対話が生まれ、この作品は特に魅力的になっています。

マタイ受難曲の終幕は、長く感動的なパッセージと、終わりのない連続性を思わせるサラバンドによって特徴づけられています。イエスの力強い描写が作品全体に浸透しています。バッハの深遠さと天才性は、その劇的構成と、聴衆を知的かつ感情的に惹きつけ、視点を変化させる能力に表れています。受難の物語は、人間ドラマとして、そして道徳的な挑戦として、具体的な形を帯びてきます。

バッハ受難曲の演奏方法の変化は、劇的な激しさと瞑想的な静けさを両立させています。厳選された歌手、楽器奏者、そしてミニマルな振付は、伝統的な舞台装置を超越する視覚的かつ音楽的な豊かさを生み出しています。ガーディナーは、バッハの音楽に秘められた、言葉にされない壮大なドラマを強調し、それがどんな舞台作品よりも深い感動を巻き起こすのだと説いています。