1585年、トーマス・タリスの死により、イギリス音楽界は重要な人物を失いました。ウィリアム・バードの親友であったタリスは、40年以上にわたりチャペル・ロイヤルでオルガニストと作曲家として活躍しました。1505年頃、ケント州、あるいはレスターシャー州に生まれたタリスは、ロンドン北部ウォルサムのアウグスティノ会修道院で音楽家としてのキャリアをスタートさせました。1540年の修道院解散後、カンタベリー大聖堂に移り、1542年にはチャペル・ロイヤルのジェントマンに任命されました。
タリスは16世紀イギリス合唱の伝統において最も傑出した巨匠の一人です。彼の卓越した対位法の才能は、40声のモテット「スペム・イン・アリウム」に特に顕著に表れています。彼の作品は、アンセム、詩篇、ミサ曲、マニフィカトなど、様々な宗教音楽の形式を網羅しています。彼が典礼用の英語のテキストを音楽に編曲した最初の教会作曲家の一人であったことは特筆に値します。
ウィリアム・バードとの親しい友情は彼の死まで続きました。1572年からは、二人はチャペル・ロイヤルのオルガニストを共に務めました。タリスは1585年11月23日、ロンドン近郊のグリニッジで亡くなり、そこに埋葬されました。彼の音楽的遺産は今もなおイギリスの合唱の伝統を形作っており、盛期ルネサンス音楽の重要な一部と考えられています。










