1485年のボズワースの戦いでヘンリー7世がリチャード3世に勝利してから、ヘンリー8世がローマと決別するまで、イングランド音楽は目覚ましい発展を遂げました。ヘンリー7世の治世下、政治的安定と経済的支配によってイングランドは外交において影響力を強め、芸術は繁栄しました。特に宗教音楽は、その規模とドラマ性が増し、しばしば大陸の作品を凌駕しました。
この時代の教会音楽は主に4つのカテゴリーに分けられました。聖体拝領にはミサ典礼書の長大な編曲が求められ、聖母マリアミサではより小規模な作品が求められる傾向がありました。晩祷は精巧なマニフィカト編曲が特徴です。奉納アンティフォナは主題と音楽の多様性に富み、テキストはマリアへのモチーフから宗教改革のテーマまで、ますます精巧で表現豊かになりました。
生年は不明ですが、タリスは当時を代表する作曲家と考えられています。タリスは様々な職を歴任し、ヘンリー8世による修道院解散という困難な状況に直面しました。財政難と混乱にもめげず、王室礼拝堂で安定した地位を築き、亡くなるまでその地位を維持しました。
「Ave, rosa sine spinis(邦題:アヴェ、バラ色の背骨)」や「Euge caeli porta(邦題:聖母マリアの門)」といった作品は、タリスの独創性と革新性を示すものです。四部構成のミサ曲は、初期の作品とは様式が大きく異なり、確立された伝統やテキストを独自の解釈で表現しました。
「O salutaris hostia(邦題:おお、救い主よ)」や「Miserere nostri(邦題:私たちのみこころ)」といった後期の作品にも、タリスの多才さと粘り強さが見て取れます。彼のメロディーとハーモニーは、当時の音楽を形作り、後世にも影響を与え続けました。
タリスの音楽的遺産は、イギリス音楽史において今もなお重要な意味を持ち、20世紀にも深く響き渡った彼の芸術的才能と創造力の証となっています。









