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作曲

ジョン・アダムズ

アルバム


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1947年、マサチューセッツ州ウースターに生まれる。幼いころから父親にクラリネットを習い、10歳からは作曲もしていた。高校ではマーチング・バンドでクラリネットを担当し、ボストン交響楽団を聴いてはクラシック音楽への知識を深めていた。1960年終わりからハーバード大学で作曲を勉強。同時に、ジミー・ヘンドリックスやボブ・ディランを好んで聴いていた。 卒業後にサンフランシスコに出向く。サンフランシスコ国立音楽院で教鞭をとり、のちに、サンフランシスコ交響楽団の常勤作曲家となった。 アダムスの作風は、ジョン・ケージに影響を受けているとともに、当時発展しつつあったミニマルミュージック、そしてダイナミックな1970年代のウェストコートのポップカルチャーの上に成り立っている。弦楽七重奏曲《シェイカー・ループス》(1978年) 、合唱とオーケストラのための《ハルモニウム》(1980年) 、そして管弦楽曲《和声学》(1984年) によって、伝統的な形式の中で独自のスタイルを確立する。歌劇《中国のニクソン》、《クリングホファーの死》、そして《原爆博士》ではアメリカの歴史と文化への興味が反映されている。 今日に至るまで多様な作品を生み出しており、環境保護やフェミニズム、9.11に至るまで取り扱うテーマも多岐にわたる。グラミー賞やピューリッツァー賞などを受賞。

来歴と影響

アダムスは1947年2月15日、マサチューセッツ州ウースターで生まれ、音楽に囲まれて育ちました。父親からクラリネットを学び、青年期にはマーチングバンドや地域オーケストラで演奏し、ボストン交響楽団のコンサートにも足を運びました。1960年代後半、ハーバード大学で作曲を学ぶ中で、前衛的なモダニズムとジミ・ヘンドリックス、ビートルズ、ボブ・ディランといった同世代のポピュラー音楽との分断に衝撃を受けました。この反発が原動力となり、1971年に北カリフォルニアに移住後、ジョン・ケージやミニマリズム運動、西海岸の活気ある文化シーンに触発され、独自の音楽表現を確立していったのです。

主要作品と業績

ジョン・アダムズは、管弦楽、合唱、オペラ、室内楽、ピアノ音楽など作品のジャンルは多岐にわたります。なかでも特に注目すべき、画期的な作品として以下が挙げられます :

  • 『シェイカー・ループス』(1978年) : ミニマリズムと推進力のあるリズムのエネルギーを体現した弦楽七重奏曲。後に弦楽オーケストラ用に編曲される。
  • 『ハルモニウム』(1981年) : 古典的な形式と現代的な技法を融合させるアダムスの手腕が光る、合唱と管弦楽のための作品。
  • 『ハルモニーレーレ』(1985年) : ヨーロッパの古典的伝統とアメリカの革新性の両方に深く根ざした3楽章から成る管弦楽曲。
  • 『中国のニクソン』(1987年) : アダムスのアメリカの精神性と歴史的テーマへの探求を国際的なオペラ舞台にもたらした作品であり、後に『クリングホッファーの死』(1991年) 、『ドクター・アトミック』(2005年) などのオペラが続くこととなる。
  • 『ショート・ライド・イン・ア・ファスト・マシーン』(1986年) : そのファンファーレは奔放なリズムとエネルギーで称賛され、今やオーケストラの定番レパートリーとなっている。